震災から6年が経って

命を失った人、助かった人。被災した人、しなかった人。
避難した人、しなかった人、帰宅した人、しなかった人。
賠償金や支援金の対象になった人、ならなかった人。
いろいろな立場の違いが生まれ、そのことによって私たちが分断されているとしたら、本当に悲しいことです。支援金に対する妬みからでしょうか、震災関連のいじめもあると報道されています。
立場の違いを越えて、手を差し伸べ合うことができる私たちになるために、今、私にできることは何かを考えてみました。

私が幸せになること
それは、私が本当に幸せな生き方を見いだして、それを周囲に伝えていくことだと、私は思っています。
私自身、結婚してからの27年間に7回の引っ越しを経験しました。知らない人ばかりの土地で、人々に受け入れてもらうのは、本当に大変なことです。でも、いつも素晴らしい出会いが与えられていて、本当にありがたかったです。
よそ者である私を受け入れてくださった方々は、自分の生き甲斐を持って充実した生き方をされている人々でした。自分が幸せだから、その幸せをお裾分けする余裕があるのです。このようなゆとりを持つことこそ、被災者の心を支え、震災からの復興を後押しすることになると、私は思います。

競争から降りる生業という生き方
しかし、ゆとりを持つことがなかなか厳しい現実があります。競争に勝たないと生き残れない社会の現実があるからです。競争の激化といじめが深刻化していることは無縁ではないと、私は感じています。
競争から降りる生き方をガンディーは教えてくれています。賃労働に依存せず、生業をつくっていくことだと、ガンディーは主張しています。
お金を稼ぐビジネスとして、手仕事をとらえると破綻します。ワークショップでは、小さな子どもたちが一生懸命、種と綿を分ける作業である綿繰りをしてくれます。糸紡ぎもできるようになっていくでしょう。そうやってみんなの働きを集めると、服ができていきます。それを売るのではなく、着たらよいのです。同じようにして、食べるものや家ができるなら、賃金に依存しない暮らしができるはずで、そこでは競争ではなく協力が大切になってきます。そして、協力し合うなかで生きる道が見いだせるなら、私たちは困っている人たちを仲間として迎えて、一緒に仲良く暮らせるはずなのです。そこに本物の幸せがあります。

「話す」ことで「放す」
手仕事の良さは、手仕事をしながら、おしゃべりができることです。競争社会の中でゆとりがないために、互いを傷つけあってきた私たちです。心にいろいろな傷を抱えています。その傷が、他者に対する報復、攻撃となってしまいがちです。怒りを手放さないといけないのです。「話す」とは「放す」であると、ある人から聞きました。辛かった思いを人に話すことができれば、心が軽くなって、やがて怒りを手放せるのではないでしょうか。手仕事の場がそういう心の傷を癒す場にもなれたら素敵だと、私は思っています。

手仕事の効用
また、今すぐ人々が集まっての作業場ができないとしても、一人でやる手仕事にも、大きな癒しの効果があります。なぜなら、自分の内面を見つめたり、信仰を持つ人であれば神との対話の時間となるからです。引っ越した当初、友人ができるまでの孤独な日々、私は手仕事に本当に助けられました。物ができあがっていく歓びがあるので、その歓びが寂しさを補ってくれました。そして、手仕事などをやっていると、いつの間にかそれを通じて人と出会って行くものです。
今は何でも買えて、わざわざ何かを作らなくても生きていける時代になりましたが、それが人々を孤立させ、どうも人間を不幸にしているようです。
わざわざ作ることを取り戻したときに、人との出会いが生まれます。人との協力関係の中で、こぢんまりと暮らすなら、原発などの大きな物に頼らない生き方も可能になるはずです。

震災からのメッセージ
震災は、そのことを私たちに伝えようとしているのではないでしょうか?このように生き方を変えていくことこそが、亡くなった方への供養になると、私は信じています。
(2017.3.10.)


「いじめ模擬裁判」vs『裁くなかれ』

「いじめ模擬裁判」というのがあるそうです。
『知ってほしい…。“いじめ後遺症”』(NHKあさイチ2月6日の放送)で紹介されていました。
http://www1.nhk.or.jp/asaichi/archive/170206/1.html

考えさせられる番組でした。「知ってほしい・・・」というタイトルにもある通り、知らなければならない、そういう内容でした。
ただ、番組の最後の方で出てきた「いじめ模擬裁判」は副作用の方が大きいのではないかと、感じました。求刑、つまり刑を求めることまでやっているために、報復を容認することにつながりそうで、危うい感じがしました。

聖書に次の言葉があります。
「人を裁くな。あなたがたも裁かれないようにするためである。
あなたがたは、自分の裁く裁きで裁かれ、自分の量る秤で量り与えられる。」
  (聖書 マタイによる福音書/ 7章 1~2節)

 “いじめ後遺症”を克服するために、自分にいじめの原因があるのではない、自分が悪いわけではないと知るのは、大切なことです。しかし、それでもやはり加害者を裁くというのは、行き過ぎだと思うのです。被害者にあるのは、謝罪を求める権利だけです。裁いたり、報復する権利は誰にもないと思います。
 報復したいという感情を手放さなければ、暴力の連鎖につながってしまいます。受けた暴力は、手放さないと、出口を求めてしまうのです。それが自分自身に向かうと、心の病、不登校、引きこもりにつながりますし、他者に向かうと報復であったり、もっと弱い者へのいじめとなっていきます。たとえば、親から虐待された子が、学校で弱い子をいじめ、いじめられた子が犬や猫をいじめたり、もっと幼い幼児を虐待したりという暴力の連鎖が生じるのです。だから、加害者も被害者だという視点が必要になってきます。
 その視点を踏まえたうえで、暴力や報復は、絶対に間違っていると、子どもたちに教えていきたいものですし、大人たちも、学ぶ必要があります。

「裁くなかれ」です。
 このようなことを書けば、だから、聖書や、非暴力は生ぬるいと批判する人もいるでしょう。しかし、「裁かない」というのは、ご都合主義でも、臆病な逃げでもありません。
 謝罪を要求する権利は放棄していません。「謝って欲しい」と堂々と要求するのですから、逃げているわけではありません。
 謝ってもらうことができれば、そのことが“いじめ後遺症”を克服する大きな助けとなるはずです。そして、被害者が加害者を許すことができれば、和解できれば、これほどすばらしいことはありません。昔の加害者と顔を会わせたくないからと、びくびくと暮らしていた被害者も、積極的に町に出かけられるようになるはずです。
 しかし、加害者が今どこにいるかもわからず、もはや謝罪を要求することもできない場合もあるでしょうし、謝罪を要求しても謝ってくれなかったり、かえって辛い思いをしてしまうこともあるかもしれません。
 その場合には、どうしたらよいでしょうか? 私に安直なアドバイスをする資格などないことを承知した上で、あえて書かせていただくなら、まずは、この番組でも紹介されていたように、「自分は悪くない」ということを、しっかり自分に言い聞かせて自分に自信を持つことだと思います。その上で、謝罪してもらえないくても相手を許す努力ができれば素敵です。そして、許そうとする自分を、大いに褒めたらよいと思うのです。
 ガンディーの非暴力の取り組みも、まさに加害者を許す実践でした。そして、不当な弾圧によって植民地支配をする英国よりも、道徳的に優るインドを示すことで、独立を勝ち取っていったのです。
 許すということは、勇気がないとできないことです。許すことができるのは、本当に強い人だけです。“いじめ後遺症”で苦しんでいる人に対しては、酷な要求かもしれません。それでも私は、苦しんでいる一人一人に、天からの力が与えられて、許す強さを培うことができますようにと、日々、祈っていたいのです。私は祈ります。

加害者の問題
 また、過去の加害行為に苦しい思いをしている加害者のことも、番組では紹介されていました。被害者がどこにいるかわかっているのであれば、是非、謝罪をすることだと思います。謝罪から逃げている限り、苦しみは終わらないでしょう。被害者がどこにいるかわからない場合は、自分の罪を認めて悔い改め、二度と加害者にならないと決意することがまず第一歩だと思います。そして、今自分の周囲にいる隣人に可能な限り愛の手をさしのべていくことが、せめてもの償いではないかと思います。そういう生き方をしていけば、苦しみから解放されるときが必ず来ると、私は信じています。
 私はいじめの加害者ではないと、自分では思っていますが、人を傷つけてしまったことはあります。気づかずに傷つけてしまったことも、きっとあるはずです。だから、どうか私の罪を許してくださいと祈るしかない私です。
 人は皆不完全です。一人一人が許されないといけない存在だと知ることが必要です。謝罪できる人には謝罪し、それが不可能なら、ごめんなさいと心の中で祈り、そして、その分、今、目の前にいる人にできる親切をしていくことで、せめてもの償いをしていく。そういう生き方を取り入れたいと思います。気づいた人から始めるだけで、世の中、その分だけきっと明るくなることでしょう。

「だから、人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい。」
   (聖書 マタイによる福音書/ 7章 12節)


ガンディーの命日に寄せて
 昨日(1月30日)はガンディーの命日でした。
 ガンディーが今生きていれば、私たちにどのようなメッセージを語るでしょうか?

 そのようなことを考えながら、昨年以来、私は『ガンディーの遺言』という本を出版しようと準備してきました。ただ今、印刷中で、2月20日頃に完成予定です。
 この本は、晩年、主として1940年代にガンディーが書いた記事をガンディー全集より抜粋して、編集したものです。
 「経済的平等を実現するには、私が述べてきたやり方しかありません。わたしの言葉を心に留めておいてください。私が死んだときに思い出してください」(P76より)と語られる言葉は、私たちの向うべき方向を案内してくれています。
 格差が広がる社会の中で、私たちは自分が生き残ることに精一杯で、弱者を思いやる余裕をなくしがちです。だからこそ、平等を実現する非暴力の方法をガンディーから学ぶ必要があります。その方法とは、自らの労働によって必需品を得ることと、「受託者制度(trusteeship)」に代表される富に執着しない生き方です。ガンディーが思い描いた社会を目指して歩んでいく私たちでありたいものです。
 


 新潟県知事選挙と柏崎市長選挙の結果を受けて思うのは、農村部ほど原発という雇用先を必要としているということです。電気が足りていても、原発の再稼働を容認する人々は、地元経済の活性化をその理由に挙げています。農業で食べていけるなら、原発の再稼働を認めない候補者が柏崎市長選挙にも当選していたのではないかという気もします。

 となれば、原発などの雇用先がなくても生活できることを示していくことが、原発を廃炉にする一番の近道かもしれません。農業を中心とした暮らしが成り立てばよいのです。「甘い、理想論だ」という反論があるのは知っています。でも、「棉を育てるところから、服を作るなんて絶対無理だよ」と言われても、やってみたら「できた!」という経験があるので、無理だと言われると、やってみたくなるのが、私です。

 就職しないで、農業と手仕事だけで生きていくことは不可能なのでしょうか。

 わずか100年余り前までは、大半の人が農民でしたし、女性は機織りに精を出していました。大多数の人が会社勤めをする暮らしこそ、歴史から見れば、現代というごく限られた時代の現象にすぎないです。

 もっとも、人々が農的暮らしをしていた頃は、自動車もパソコンも携帯もなかったわけで、今、それらが手放せないとすれば、会社への依存度をゼロにすることは難しいかもしれません。でも、週2日かくらいのアルバイト先があれば、なんとか暮らせるような気もします。さらには、自動車やパソコンがない時代にも人は生きてきたということは、頭の隅に留めておきたいと思っています。

 いじめなどの問題があるからでしょう、「学校なんて、無理して行かなくていいよ」という声が最近は、聞かれるようになりました。それなら、会社だって、病気になったり、自殺に追い込まれたり、過労死するほど働かされたりしてまで、行くところではないような気がします。

 会社があることで、人が幸福になったようには思えません。むしろ、自分を殺して会社の命令に従わざるを得ないなど、不幸の原因になっているようでもあります。

 もっとも、学校と違って、会社は給料をもらうところですから、給料なしにどうやって生活をするかというのは、難問ではあります。そこで、学校以外の学ぶ場ができつつあるように、会社以外の働く場を作っていきたいものです。

 働くことをするために、私たちは、会社に就職しないといけないのでしょうか。就職しないと「食べていけない」と、よく言われます。何を食べるのでしょうか? 1万円札ではないでしょう。お米や野菜です。そして、着る物は綿から作って、家はみんなで協力して建てる・・・となれば、必要なのは、会社よりもむしろ農地ではないかと、思えてくるのです。

 農地に頼って、必要な物をできる限り自分で作って、近所の人々と助け合う生活を作っていきたいと、私は思っています。給料がなくても生きていける暮らしにどこまで近づけるかはわかりませんが、給料への依存度を減らし、自然からの贈り物をいただきながら、周りの人々と贈り物をし合う関係の中で、生かされていきたいのです。

 そうやって、私自身が自由で幸福な暮らしを実現していく1歩ずつが、原発を廃炉にしていく歩みになるのではないかと、思うのです。

 希望を灯すことのできる生き方をしてみたいものです。

会社に就職しない生き方を目指したいですが、それは決して、楽に生きることではないです。

勤勉革命も併せてお読みください。