ガンディーが目指した経済 (2017.7.12)
「お金」に頼らない経済とは? これは 、『ガンディーの遺言』の帯に書いていただいた言葉です。ガンディーは確かに「お金」に頼らない経済を目指しました。それでは、具体的にはどういう経済だったのでしょうか?お金を稼ぐことにあくせくするのをやめて、のんびり過ごすことでしょうか?そのように、誤解する人があるみたいですが、それは少し違います。
 私はガンディーの思想に感銘を受けて、棉を育てて、糸を紡ぐようになりましたが、そうなってからの私の日々は、とても忙しいものとなりました。と言いましても、「忙しい」という字にあるような心を亡くす忙しさではありません。日々、充実しています。しかし、のんびりしている時間は、ほとんどないのです。
 ガンディーの言う「お金」に頼らない経済とは、必要な物を手に入れるのに、お金を支払って購入するのではなく、自らが生産者となり、自分たちの手足を使って作ろうということです。機械に頼らないで、手足を使うのですから、手足を忙しく動かし続けることが、どうしても必要となってきます。
手仕事とは?
 機械が発明された時、これで忙しく手足を動かさなくても済む、楽になれると誰もが思いました。だから、工業化が歓迎されたという側面もあります。しかし、工業化が進んでいき、ほとんどの物が大型機械で作られるようになると、人手が余る失業問題、大量生産による環境破壊の問題が生じるようになりました。人も地球も悲鳴を上げています。だから、人の幸福と地球環境を守るためにも、手仕事に戻ることがぜひとも必要です。
 資本主義が行き詰っているためか、最近は、多くの人が糸紡ぎに興味を持ってくださるようになりました。ワークショップに参加してくださる人も大勢います。そして、体験してくださった人は、みんな楽しかったと言ってくださいます。心が癒される時間だったと、感想を述べてくださる方もあります。しかし、癒される時間が持てることで満足してしまう人も少なくありません。服を作るのは大変だから、環境に配慮して作られている服を買うことにして、糸紡ぎの時間が楽しめたらよいと考える方もいらっしゃるようです。もちろん、楽しんだり、心が癒されるための糸紡ぎを否定するつもりはありません。それはそれで、素晴らしいことだと思います。しかし、ガンディーが目指した手仕事に戻る社会は、これではありません。少しずつでもよいから、服を作るまで継続してみようと、思うことができれば、素敵ですね。

衣類は商品か?
 ガンディーは、あくまでも、衣類の自給を目指しました。自給ができなければ、購入するしかなく、お金に頼らねばなりません。お金を稼ぐ必要から自由になれません。
 ならば、作品を作って販売したり、ワークショップを開催すればよいでしょうか? 私は、お金が欲しいから、糸を紡いでいるのでもなければ、ワークショップを開催しているのでもありません。ガンディーが目指した衣類の自給を実現したいからです。それも、私が自分の服を作るだけではなく、自分で服を作る人が、日本に増えてほしいからです。
 作品を作って、販売するということは、心を込めて作ったものを無条件に差し出すことになります。売ってしまった以上、粗末に扱われても、文句を言えません。私なら、愛する人のために作って、この人なら大切にしてくれるという人にさし上げたいものです。
 昔は嫁入りする娘に鶴や亀の縁起物を織り込んだ絣の風呂敷を持たせたそうです。娘の長寿、幸せを願ってのことでした。昭和初期の話だそうですが、赤は魔除けの効果があるとして子どもの着物に赤で染めた布や糸を使ったそうです。まだ、病気で幼子が命を落とすことが多かった時代、無事に成長してほしいという願いが込められていました。このような話を聞くと、庶民にとって衣類は、決して商品ではなかったのだなと思います。健康や幸せを願う思いが込められているからです。
 そういう心を取り戻すことが一番大切ではないかと思いますし、ガンディーが目指したのもそこだったと思うのです。 それを踏まえて、衣類の自給を実現するために、糸紡ぎだけでなく、紡いだ糸をどうやって、布にしていくかについても、紹介していければと思っています。  


最強の防衛 
 「キリストの無抵抗の行為によって、善の力が社会に解き放たれた。」(ガンディー)

暴力の正当化の背後には
 シリアの内戦が泥沼化し、子どもたちを含めた市民の命が奪われています。悪いのはどちら側か、という問題ではないと思います。どちらの攻撃によってであろうと、子どもを亡くした親にとって、子どもを失った悲しみに変わりはないからです。


 ガンディーは報復を戒めて、次のように語ります。
 「人類はいつの世にも,「已む無い自己防衛」という言葉をもって、暴力や戦争を正当化しようとしてきた。・・いつになったら世界が本当に安全になって、剣を鋤に代えられる時代が来るのか、誰にもわからない。それは、人類がまだ本当の護身術を身につけていないからだ。
 ところで、自ら説いた事をそのまま実践した人類の偉大な師たちは、真の防衛は復讐をしないという生きかたにあることを見事に示している」(『私の非暴力Ⅰ』みすず書房 p.269)

 悪い敵がいるからやっつけなければいけないと、攻撃を正当化する人たちがいますが、そういう人たちの背後には、軍需産業がいるのかもしれません。平和になると困るのが軍需産業です。
 シリアの内戦が拡大し、泥沼化していくほど、兵器の輸出も拡大し、軍需産業は潤います。ロシアであろうと、アメリカであろうと、そのことで産業は拡大し、雇用も維持できます。そして被害にあうのはシリアの国民であって、自分たちではないのです。
 あとは、そのような攻撃が必要だとアメリカやロシアの国民が信じてくれさえすれば、よいのです。財政支出を容認してくれるでしょう。
 日本も同じです。三菱重工などの軍需産業から多額の献金が自民党に流れています。
 https://matome.naver.jp/odai/2136783605878107701/2143836295104126603
 https://matome.naver.jp/odai/2136783605878107701
 日本政府がアメリカの軍事行動に賛同したり、憲法改正や、武器輸出3原則を見直そうとするのも、軍需産業を潤したいからではないでしょうか。そして、国民に納得してもらうために、テロの脅威などと、脅威を煽っているのかもしれません。だから、私たちは冷静になる必要があります。

はかない存在だからこそ
 脅威がないと主張したいわけではありません。いつでも、どこでも犯罪者は存在します。病気や自然災害の危険もあります。100%の安全を求めることはできないのだと、気づくことが必要です。私たちは本来、明日がわからない、はかない存在です。だからこそ、今日を充実して生きる必要があります。そして、憎み合うのではなく、互いを尊重しあい、愛を広げる生き方をしたいものです。
 「神以外に、私たちの命を奪える者は存在しないことを確信することです。神は、望む時に私たちを召されます。私たちが死の恐怖を手放すなら、私たちの問題も、私たちのもとから立ち去ってくれます。そして、私たちは問題から自由になれます。これができれば、もう悩まなくなります。」(『ガンディーの遺言・村単位の自給自足を目指して』P.99)
 ガンディーは英軍が市民に発砲した1919年のアムリトサルの大虐殺事件に対しても、暴力的な報復ではなく、あくまで非暴力の方法で独立を勝ち取ることを主張しました。そして、実際に平和的な方法でインドは独立を達成しました。
 もちろん、独立運動の過程で、弾圧によって命を亡くした方々は大勢います。しかし、このように命を捧げたことで、気高さ、インド人の誇りを世界に示すことができました。本当の価値ある勇気とは、ミサイルを撃ち込むことではなく、こういうことを言うのではないでしょうか。

キリストの十字架を覚えて
 イエス・キリストの十字架も同じですね。ただの犬死のように思えるかもしれませんが、十字架の後には復活があります。イエスの生きざまに触れて、人生が変わり、イエスの生き方に倣い、非暴力の実践者へと変えられた人が大勢います。
 ガンディーもイエスの十字架について、次のように書いています。
 「次のようにたずねる人があるかもしれない――そのような無抵抗によって、防衛者が自分の生命を失いでもすれば、どうして自己防衛などと言えようか、と。また、イエスは十字架上で生命を失い、ローマ人ピラトが勝ったではないか、と。しかし、世界の歴史が十分実証しているように、何と言おうとイエスが勝ったのである。キリストの無抵抗の行為によって、善の力が社会に解き放たれた。」(『私の非暴力Ⅰ』みすず書房 P.269)
 「チャルカ(糸車)が破壊されるのを目撃するくらいなら、私たちもチャルカと一緒に消えることにしましょうというのが、私の返答です。このように自らを犠牲にするカディー(手紡ぎ・手織り綿布)の働き手一人に対して、何千という人々が立ち上がって、彼の後を継ぐからです。彼のような行動が、彼が主張する理想に決定的な勝利をもたらすのです。」(『ガンディーの遺言・村単位の自給自足を目指して』P.94)

 

平和を実践する暮らし
 日々の生活で非暴力を実践するために、自らの手で生活の糧を生み出したいものです。機械に頼らず、皆で協力して手足を動かすことが、企業に支配されない生き方につながり、軍需産業のような加害行為に手を染めないですむからです。そのような暮らしの先にあるのが、平和です。
 「何もそこから取る物がない質素な家であれば、警備する必要もありません・・軍隊が護衛する都市化したインドよりも、田舎の集合体で構成されたインドのほうが外国からの侵略を受ける危険が少なくて済みます。
 私は確信しているのですが、インドが本物の自由を手に入れるつもりであり、インドを通して世界の自由も願うのであれば、人々は町ではなく村に、大邸宅ではなく小さな家に住まねばならないという事実に早晩気づく必要があります。」(『ガンジー・自立の思想』P.151)
 「協力関係で成り立つ社会を思い描くことができれば、生命のない機械に助けてもらう必要がなくなります。機械を最大限に活用するのではなく、その使用を最小限にとどめることができるようになります。それこそ社会安全を本当に保証し、自衛することです。」(『ガンジー・自立の思想』P.80)

 


 「核兵器禁止条約」の制定交渉会議に日本政府は不参加を表明しました。被爆者の願いを踏みにじる残念な対応です。
 今日の新聞に「被爆者の使命」という言葉がありました。使命を果たすために声を上げ続けてこられた被爆者の方々です。その声によって、日本政府は動かなくても、世界中の心ある人々が立ち上がり、交渉会議へと取り組みがつながってきました。
 北朝鮮の脅威があるからというのが、日本政府が不参加を決断した理由のようです。
しかし、核兵器廃絶を求める世界世論がある中で、核兵器を使用することは、北朝鮮であっても、難しいことだと思われます。アメリカでさえも、「戦争を早く終わらせるためのやむを得ない手段だった」という苦しい言い訳を続ける必要があるのですから。
 むしろ、そのように脅威を煽ることで、軍事費を拡大したいだけではないでしょうか?軍事費を拡大できれば、軍需産業が潤います。経済が低迷するこの時代、企業は軍需産業で生き残りを図りたいのでしょう。そして、そのような企業からの献金に支えられて、権力を握る政治家たちという図も見えてきます。その結果、命を大切にという市民の願いを踏みにじっても、命よりも経済(お金)が重要になってしまうのかもしれません。
  「北朝鮮の脅威から国民の命を守る」などと、さも命を大切にしているように政治家たちは言うかもしれませんが、本当に命を大切に考えるなら、核兵器廃絶に向けて、もっと積極的になるはずです。そうしないということは、命を大切に考えていないのです。私たちは、騙されてはなりません。
 では、北朝鮮の脅威に、どう対処したらよいでしょうか?
 一つは、世論の力で、核兵器を使用できないようにしていくことです。戦後70年、核兵器が使用されなかったのは、被爆者の方々のこれまでの努力によるものです。さらに脅威をなくすために締結を目指しているのが、『核兵器禁止条約』です。
 そして、もう一つやらねばならない重要なことは、経済よりも命が大切にできる社会、経済の仕組みを作っていくことです。

マハトマ・ガンディーは次のように語っています。
 「軍隊が護衛する都市化したインドよりも、田舎の集合体で構成されたインドのほうが外国からの侵略を受ける危険が少なくて済みます。
 私は確信しているのですが、インドが本物の自由を手に入れるつもりであり、インドを通して世界の自由も願うのであれば、人々は町ではなく村に、大邸宅ではなく小さな家に住まねばならないという事実に早晩気づく必要があります。町や大邸宅で何千万もの人々が平和に暮らせるはずがありません。暴力に頼り、うそ偽りに囲まれた生活に陥ってしまいます。」(『ガンジー・自立の思想』pp.151-152) 

平和文化村というのが広島県三次市にあります。
 平和文化は村にあるという発想が、素敵です。
しかし、これまでの日本の村に平和文化があったかというと、むしろ封建的な縛りが強かったような気がします。
 ある女性の被爆者が次のような手記を書かれていました。
 「声を上げないことが女性の美徳だと教えられて、黙っていたら、戦争が始まって、原爆が落ちて、苦しい思いをたくさんした。どうしてこうなる前に声を上げなかったのだろうかと思った」
 21世紀になっても、村の中で女性が声を上げるのは、勇気がいります。村がピースフルな村になっていくためには、解決しなければならない課題がまだたくさんあるでしょう。
 しかし、ガンディーが言うように、平和は村の暮らしの中にしかないのであれば、村から逃げ出さず、平和な村を作っていく取り組みが重要ですし、必要です。
 真摯な働きを通して、村の中に溶け込みながら、みんなが平等に意見を述べられて、一人一人が尊重される村、コミュニティーを作っていきたいものです。

                                   (2017.3.29)


震災から6年が経って

命を失った人、助かった人。被災した人、しなかった人。
避難した人、しなかった人、帰宅した人、しなかった人。
賠償金や支援金の対象になった人、ならなかった人。
いろいろな立場の違いが生まれ、そのことによって私たちが分断されているとしたら、本当に悲しいことです。支援金に対する妬みからでしょうか、震災関連のいじめもあると報道されています。
立場の違いを越えて、手を差し伸べ合うことができる私たちになるために、今、私にできることは何かを考えてみました。

私が幸せになること
それは、私が本当に幸せな生き方を見いだして、それを周囲に伝えていくことだと、私は思っています。
私自身、結婚してからの27年間に7回の引っ越しを経験しました。知らない人ばかりの土地で、人々に受け入れてもらうのは、本当に大変なことです。でも、いつも素晴らしい出会いが与えられていて、本当にありがたかったです。
よそ者である私を受け入れてくださった方々は、自分の生き甲斐を持って充実した生き方をされている人々でした。自分が幸せだから、その幸せをお裾分けする余裕があるのです。このようなゆとりを持つことこそ、被災者の心を支え、震災からの復興を後押しすることになると、私は思います。

競争から降りる生業という生き方
しかし、ゆとりを持つことがなかなか厳しい現実があります。競争に勝たないと生き残れない社会の現実があるからです。競争の激化といじめが深刻化していることは無縁ではないと、私は感じています。
競争から降りる生き方をガンディーは教えてくれています。賃労働に依存せず、生業をつくっていくことだと、ガンディーは主張しています。
お金を稼ぐビジネスとして、手仕事をとらえると破綻します。ワークショップでは、小さな子どもたちが一生懸命、種と綿を分ける作業である綿繰りをしてくれます。糸紡ぎもできるようになっていくでしょう。そうやってみんなの働きを集めると、服ができていきます。それを売るのではなく、着たらよいのです。同じようにして、食べるものや家ができるなら、賃金に依存しない暮らしができるはずで、そこでは競争ではなく協力が大切になってきます。そして、協力し合うなかで生きる道が見いだせるなら、私たちは困っている人たちを仲間として迎えて、一緒に仲良く暮らせるはずなのです。そこに本物の幸せがあります。

「話す」ことで「放す」
手仕事の良さは、手仕事をしながら、おしゃべりができることです。競争社会の中でゆとりがないために、互いを傷つけあってきた私たちです。心にいろいろな傷を抱えています。その傷が、他者に対する報復、攻撃となってしまいがちです。怒りを手放さないといけないのです。「話す」とは「放す」であると、ある人から聞きました。辛かった思いを人に話すことができれば、心が軽くなって、やがて怒りを手放せるのではないでしょうか。手仕事の場がそういう心の傷を癒す場にもなれたら素敵だと、私は思っています。

手仕事の効用
また、今すぐ人々が集まっての作業場ができないとしても、一人でやる手仕事にも、大きな癒しの効果があります。なぜなら、自分の内面を見つめたり、信仰を持つ人であれば神との対話の時間となるからです。引っ越した当初、友人ができるまでの孤独な日々、私は手仕事に本当に助けられました。物ができあがっていく歓びがあるので、その歓びが寂しさを補ってくれました。そして、手仕事などをやっていると、いつの間にかそれを通じて人と出会って行くものです。
今は何でも買えて、わざわざ何かを作らなくても生きていける時代になりましたが、それが人々を孤立させ、どうも人間を不幸にしているようです。
わざわざ作ることを取り戻したときに、人との出会いが生まれます。人との協力関係の中で、こぢんまりと暮らすなら、原発などの大きな物に頼らない生き方も可能になるはずです。

震災からのメッセージ
震災は、そのことを私たちに伝えようとしているのではないでしょうか?このように生き方を変えていくことこそが、亡くなった方への供養になると、私は信じています。
(2017.3.10.)


「いじめ模擬裁判」vs『裁くなかれ』

「いじめ模擬裁判」というのがあるそうです。
『知ってほしい…。“いじめ後遺症”』(NHKあさイチ2月6日の放送)で紹介されていました。
http://www1.nhk.or.jp/asaichi/archive/170206/1.html

考えさせられる番組でした。「知ってほしい・・・」というタイトルにもある通り、知らなければならない、そういう内容でした。
ただ、番組の最後の方で出てきた「いじめ模擬裁判」は副作用の方が大きいのではないかと、感じました。求刑、つまり刑を求めることまでやっているために、報復を容認することにつながりそうで、危うい感じがしました。

聖書に次の言葉があります。
「人を裁くな。あなたがたも裁かれないようにするためである。
あなたがたは、自分の裁く裁きで裁かれ、自分の量る秤で量り与えられる。」
  (聖書 マタイによる福音書/ 7章 1~2節)

 “いじめ後遺症”を克服するために、自分にいじめの原因があるのではない、自分が悪いわけではないと知るのは、大切なことです。しかし、それでもやはり加害者を裁くというのは、行き過ぎだと思うのです。被害者にあるのは、謝罪を求める権利だけです。裁いたり、報復する権利は誰にもないと思います。
 報復したいという感情を手放さなければ、暴力の連鎖につながってしまいます。受けた暴力は、手放さないと、出口を求めてしまうのです。それが自分自身に向かうと、心の病、不登校、引きこもりにつながりますし、他者に向かうと報復であったり、もっと弱い者へのいじめとなっていきます。たとえば、親から虐待された子が、学校で弱い子をいじめ、いじめられた子が犬や猫をいじめたり、もっと幼い幼児を虐待したりという暴力の連鎖が生じるのです。だから、加害者も被害者だという視点が必要になってきます。
 その視点を踏まえたうえで、暴力や報復は、絶対に間違っていると、子どもたちに教えていきたいものですし、大人たちも、学ぶ必要があります。

「裁くなかれ」です。
 このようなことを書けば、だから、聖書や、非暴力は生ぬるいと批判する人もいるでしょう。しかし、「裁かない」というのは、ご都合主義でも、臆病な逃げでもありません。
 謝罪を要求する権利は放棄していません。「謝って欲しい」と堂々と要求するのですから、逃げているわけではありません。
 謝ってもらうことができれば、そのことが“いじめ後遺症”を克服する大きな助けとなるはずです。そして、被害者が加害者を許すことができれば、和解できれば、これほどすばらしいことはありません。昔の加害者と顔を会わせたくないからと、びくびくと暮らしていた被害者も、積極的に町に出かけられるようになるはずです。
 しかし、加害者が今どこにいるかもわからず、もはや謝罪を要求することもできない場合もあるでしょうし、謝罪を要求しても謝ってくれなかったり、かえって辛い思いをしてしまうこともあるかもしれません。
 その場合には、どうしたらよいでしょうか? 私に安直なアドバイスをする資格などないことを承知した上で、あえて書かせていただくなら、まずは、この番組でも紹介されていたように、「自分は悪くない」ということを、しっかり自分に言い聞かせて自分に自信を持つことだと思います。その上で、謝罪してもらえないくても相手を許す努力ができれば素敵です。そして、許そうとする自分を、大いに褒めたらよいと思うのです。
 ガンディーの非暴力の取り組みも、まさに加害者を許す実践でした。そして、不当な弾圧によって植民地支配をする英国よりも、道徳的に優るインドを示すことで、独立を勝ち取っていったのです。
 許すということは、勇気がないとできないことです。許すことができるのは、本当に強い人だけです。“いじめ後遺症”で苦しんでいる人に対しては、酷な要求かもしれません。それでも私は、苦しんでいる一人一人に、天からの力が与えられて、許す強さを培うことができますようにと、日々、祈っていたいのです。私は祈ります。

加害者の問題
 また、過去の加害行為に苦しい思いをしている加害者のことも、番組では紹介されていました。被害者がどこにいるかわかっているのであれば、是非、謝罪をすることだと思います。謝罪から逃げている限り、苦しみは終わらないでしょう。被害者がどこにいるかわからない場合は、自分の罪を認めて悔い改め、二度と加害者にならないと決意することがまず第一歩だと思います。そして、今自分の周囲にいる隣人に可能な限り愛の手をさしのべていくことが、せめてもの償いではないかと思います。そういう生き方をしていけば、苦しみから解放されるときが必ず来ると、私は信じています。
 私はいじめの加害者ではないと、自分では思っていますが、人を傷つけてしまったことはあります。気づかずに傷つけてしまったことも、きっとあるはずです。だから、どうか私の罪を許してくださいと祈るしかない私です。
 人は皆不完全です。一人一人が許されないといけない存在だと知ることが必要です。謝罪できる人には謝罪し、それが不可能なら、ごめんなさいと心の中で祈り、そして、その分、今、目の前にいる人にできる親切をしていくことで、せめてもの償いをしていく。そういう生き方を取り入れたいと思います。気づいた人から始めるだけで、世の中、その分だけきっと明るくなることでしょう。

「だから、人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい。」
   (聖書 マタイによる福音書/ 7章 12節)


ガンディーの命日に寄せて
 昨日(1月30日)はガンディーの命日でした。
 ガンディーが今生きていれば、私たちにどのようなメッセージを語るでしょうか?

 そのようなことを考えながら、昨年以来、私は『ガンディーの遺言』という本を出版しようと準備してきました。ただ今、印刷中で、2月20日頃に完成予定です。
 この本は、晩年、主として1940年代にガンディーが書いた記事をガンディー全集より抜粋して、編集したものです。
 「経済的平等を実現するには、私が述べてきたやり方しかありません。わたしの言葉を心に留めておいてください。私が死んだときに思い出してください」(P76より)と語られる言葉は、私たちの向うべき方向を案内してくれています。
 格差が広がる社会の中で、私たちは自分が生き残ることに精一杯で、弱者を思いやる余裕をなくしがちです。だからこそ、平等を実現する非暴力の方法をガンディーから学ぶ必要があります。その方法とは、自らの労働によって必需品を得ることと、「受託者制度(trusteeship)」に代表される富に執着しない生き方です。ガンディーが思い描いた社会を目指して歩んでいく私たちでありたいものです。
 


 新潟県知事選挙と柏崎市長選挙の結果を受けて思うのは、農村部ほど原発という雇用先を必要としているということです。電気が足りていても、原発の再稼働を容認する人々は、地元経済の活性化をその理由に挙げています。農業で食べていけるなら、原発の再稼働を認めない候補者が柏崎市長選挙にも当選していたのではないかという気もします。

 となれば、原発などの雇用先がなくても生活できることを示していくことが、原発を廃炉にする一番の近道かもしれません。農業を中心とした暮らしが成り立てばよいのです。「甘い、理想論だ」という反論があるのは知っています。でも、「棉を育てるところから、服を作るなんて絶対無理だよ」と言われても、やってみたら「できた!」という経験があるので、無理だと言われると、やってみたくなるのが、私です。

 就職しないで、農業と手仕事だけで生きていくことは不可能なのでしょうか。

 わずか100年余り前までは、大半の人が農民でしたし、女性は機織りに精を出していました。大多数の人が会社勤めをする暮らしこそ、歴史から見れば、現代というごく限られた時代の現象にすぎないです。

 もっとも、人々が農的暮らしをしていた頃は、自動車もパソコンも携帯もなかったわけで、今、それらが手放せないとすれば、会社への依存度をゼロにすることは難しいかもしれません。でも、週2日かくらいのアルバイト先があれば、なんとか暮らせるような気もします。さらには、自動車やパソコンがない時代にも人は生きてきたということは、頭の隅に留めておきたいと思っています。

 いじめなどの問題があるからでしょう、「学校なんて、無理して行かなくていいよ」という声が最近は、聞かれるようになりました。それなら、会社だって、病気になったり、自殺に追い込まれたり、過労死するほど働かされたりしてまで、行くところではないような気がします。

 会社があることで、人が幸福になったようには思えません。むしろ、自分を殺して会社の命令に従わざるを得ないなど、不幸の原因になっているようでもあります。

 もっとも、学校と違って、会社は給料をもらうところですから、給料なしにどうやって生活をするかというのは、難問ではあります。そこで、学校以外の学ぶ場ができつつあるように、会社以外の働く場を作っていきたいものです。

 働くことをするために、私たちは、会社に就職しないといけないのでしょうか。就職しないと「食べていけない」と、よく言われます。何を食べるのでしょうか? 1万円札ではないでしょう。お米や野菜です。そして、着る物は綿から作って、家はみんなで協力して建てる・・・となれば、必要なのは、会社よりもむしろ農地ではないかと、思えてくるのです。

 農地に頼って、必要な物をできる限り自分で作って、近所の人々と助け合う生活を作っていきたいと、私は思っています。給料がなくても生きていける暮らしにどこまで近づけるかはわかりませんが、給料への依存度を減らし、自然からの贈り物をいただきながら、周りの人々と贈り物をし合う関係の中で、生かされていきたいのです。

 そうやって、私自身が自由で幸福な暮らしを実現していく1歩ずつが、原発を廃炉にしていく歩みになるのではないかと、思うのです。

 希望を灯すことのできる生き方をしてみたいものです。

会社に就職しない生き方を目指したいですが、それは決して、楽に生きることではないです。

勤勉革命も併せてお読みください。