ガンディー思想と教育費
 村単位の自給自足を目指したガンディーの思想について講演させていただいたときに、次のような質問を受けました。「子どもが医師や弁護士になりたい場合、やはり大学に行かせるしかなく、お金が必要となってくる。どうしたらよいだろうか?」という質問です。
まずは肉体労働に従事して
 「みんなで肉体労働を分担して、必要な物を得ていけば、お金がなくても生きていける」というのが、ガンディーの主張で、掃除などを卑しい仕事と見なさないで、誇りを持って、すべての人が掃除をはじめ、肉体労働に従事することを求めました。
 もし、子どもが、医師や弁護士になりたいと希望するなら、なぜ、そのような仕事に就きたいかをよくよく考える必要があります。そして、エリートになりたいという思いがあるなら、考え直すことも必要でしょう。
 掃除をきちんとして衛生状態が良くなれば、病気を予防することもできます。ですから、病気になった人を治すだけの医師よりも、病気を予防できる掃除は素晴らしい仕事と言えます。また、自分たちでもめ事を仲裁できるなら、弁護士も必要ないはずです。
学費はコミュニティーで提供
 とはいえ、理想とはほど遠い現状では、医師や弁護士も必要でしょう。人のために尽くしたいからと、医師や弁護士になることを希望するのであれば、学費をコミュニティーで支えるのが良いと思います。
 北欧のように教育費を無料にするのがよいのですが、財政赤字を大量に抱えた日本では、なかなか実現できないでしょう。もちろん、教育費の財政負担を求めていくことは、して良いです。ただ、ガンディーの考えでは、やたらと政府や他者を頼るのではなく、自分たちでできることを、自分たちでやっていくことをまず考えるのが良いとしています。
 ですから、村やコミュニティーの代表として学び、卒業したら村やコミュニティーのために仕事をするという前提で、村やコミュニティーが学費を出してあげるわけです。そうすれば、親だけの負担にならなくて済みます。自給自足的な暮らしをしていても、半農半X的暮らしをして、少しばかりの金銭的収入があれば、そのような人々が数十人集まれば、一人の子どもの学費を出すことは可能でしょう。
受けるよりも与える方が幸い
 この場合ポイントになるのは、自分の子どものために、お金を出してもらいたいと思うか、他人の子どものためにお金を捧げたいと思うかです。自分の子どもを助けて欲しいと思う人ばかりではうまくいきません。他人の子どものために、無償でお金を捧げられる太っ腹の人がいないとだめなのです。一生懸命働いて、人に捧げられるような人が多くいればいるほど、その社会は愛で満たされ、豊かに発展していきます。
 北欧が高福祉を実現できているのも、実は、このような意識があることが鍵を握っています。北欧では、収入の半分は税金で持って行かれます。それが嫌だと、多くの人が思うようになれば、「税金を下げる」と主張する人が選挙で当選して、システムはあっという間に変わるでしょう。日本の福祉が貧しいのは、自分には欲しいけど、人にあげるのは嫌だと多くの人が思っている結果ではないでしょうか?

あなたがたもこのように働いて弱い者を助けるように、また、主イエス御自身が『受けるよりは与える方が幸いである』と言われた言葉を思い出すようにと、わたしはいつも身をもって示してきました。(聖書:使徒言行録/ 20章 35節)