マリーゴールド
マリーゴールド

無理をせずに楽しみながら目指す自給の暮らし(2018.8.2.)

 

引っ越した直後で、土作りをする余裕もなかった庭の片隅で、マリーゴールドが咲きました。棉(茶棉)は、貧弱なままです。それでも、健気にも小さなコットンボールを付けてくれました。(下の写真参照)
少し離れたところにある畑の方では、藍と棉(知多木綿・白)が元気に育ってくれています。(写真はまた後日に…)

いい加減なやり方でも、毎年、綿を手にして、糸にして、布を織っていけます。大地の恵みですね。むしろ、いい加減にやっているから、楽しむことができています。

明治時代の鳥取砂丘での綿栽培は、『嫁殺し』とまで言われていたそうです。真夏の炎天下に何度も井戸から水を汲んでは、桶で水をまいたそうです。水やりをすることで、収量を上げることができます。収量を上げるために躍起になっていたのも、絣などの綿織物が商業生産されていたことと無縁ではありません。少しでも儲けようという思いが、『嫁殺し』と呼ばれるような状況を作り出していました。悲惨な状況があったから、労働から解放されることが良いことだという考えを生み出していきました。その結果、農業や手仕事が捨てられていったのです。

砂丘での綿栽培の経験はないので、一概には言えませんが、綿は、そんなに手をかけなくても、ある程度の収量は得られます。そして、ほどほどの収穫で、ほどほどの糸紡ぎ、機織りを楽しむと、慣れてくれば1年で1着の服は無理なく出来上がってくれます。そんなに無理をしなくても、1年に2,3着はできそうな気がしています。必要なのは、小さなことを毎日続けることです。これが難しいかもしれませんが、これこそが、幸せの鍵です。そして、地球との共生の知恵でもあります。
だから、私は、販売するためではなく、自給的な取り組みとして、糸紡ぎを続けたいですし、広めていきたいのです。

 

 

 

茶棉は、ひょろっとしています。あまり収穫は見込めないかもしれませんが、種はつなげると思います。今年の秋は、畑で育てている白い綿を紡いでいこうと思っています。


ガンディー思想と教育費     (2018.2.14.)
 村単位の自給自足を目指したガンディーの思想について講演させていただいたときに、次のような質問を受けました。「子どもが医師や弁護士になりたい場合、やはり大学に行かせるしかなく、お金が必要となってくる。どうしたらよいだろうか?」という質問です。
まずは肉体労働に従事して
 「みんなで肉体労働を分担して、必要な物を得ていけば、お金がなくても生きていける」というのが、ガンディーの主張で、掃除などを卑しい仕事と見なさないで、誇りを持って、すべての人が掃除をはじめ、肉体労働に従事することを求めました。
 もし、子どもが、医師や弁護士になりたいと希望するなら、なぜ、そのような仕事に就きたいかをよくよく考える必要があります。そして、エリートになりたいという思いがあるなら、考え直すことも必要でしょう。
 掃除をきちんとして衛生状態が良くなれば、病気を予防することもできます。ですから、病気になった人を治すだけの医師よりも、病気を予防できる掃除は素晴らしい仕事と言えます。また、自分たちでもめ事を仲裁できるなら、弁護士も必要ないはずです。
学費はコミュニティーで提供
 とはいえ、理想とはほど遠い現状では、医師や弁護士も必要でしょう。人のために尽くしたいからと、医師や弁護士になることを希望するのであれば、学費をコミュニティーで支えるのが良いと思います。
 北欧のように教育費を無料にするのがよいのですが、財政赤字を大量に抱えた日本では、なかなか実現できないでしょう。もちろん、教育費の財政負担を求めていくことは、して良いです。ただ、ガンディーの考えでは、やたらと政府や他者を頼るのではなく、自分たちでできることを、自分たちでやっていくことをまず考えるのが良いとしています。
 ですから、村やコミュニティーの代表として学び、卒業したら村やコミュニティーのために仕事をするという前提で、村やコミュニティーが学費を出してあげるわけです。そうすれば、親だけの負担にならなくて済みます。自給自足的な暮らしをしていても、半農半X的暮らしをして、少しばかりの金銭的収入があれば、そのような人々が数十人集まれば、一人の子どもの学費を出すことは可能でしょう。
受けるよりも与える方が幸い
 この場合ポイントになるのは、自分の子どものために、お金を出してもらいたいと思うか、他人の子どものためにお金を捧げたいと思うかです。自分の子どもを助けて欲しいと思う人ばかりではうまくいきません。他人の子どものために、無償でお金を捧げられる太っ腹の人がいないとだめなのです。一生懸命働いて、人に捧げられるような人が多くいればいるほど、その社会は愛で満たされ、豊かに発展していきます。
 北欧が高福祉を実現できているのも、実は、このような意識があることが鍵を握っています。北欧では、収入の半分は税金で持って行かれます。それが嫌だと、多くの人が思うようになれば、「税金を下げる」と主張する人が選挙で当選して、システムはあっという間に変わるでしょう。日本の福祉が貧しいのは、自分には欲しいけど、人にあげるのは嫌だと多くの人が思っている結果ではないでしょうか?

あなたがたもこのように働いて弱い者を助けるように、また、主イエス御自身が『受けるよりは与える方が幸いである』と言われた言葉を思い出すようにと、わたしはいつも身をもって示してきました。(聖書:使徒言行録/ 20章 35節)